わたしは仕事をしていた頃を思い出していた。
高校生を扱う仕事だった。
いわゆる進学塾である。
ある生徒に、短期記憶を失う症状が出た。
中学時代いじめに遭ったことが原因で患ったPTSDが原因だった。
その生徒は塾を辞めなければならなくなった。
上司はそれを嘲笑った。
「物忘れが多いのはもともとだろう」と。
喉元が抉られるような感触を覚えたのはそれが初めてだった。
その子がかわいそうだと思ったのではない。
思春期の後遺症を抉られたような思いがしたのである。
わたしは上司の退勤するのを待ち、21時過ぎ、その上司の吸っていたタバコを箱ごとゴミ箱に捨てた。
まだ8本は残っていたように思う。
わたしが出会った生徒は皆、弱いが繊細でとても頭がずば抜けて働く良い子たちばかりだった。
あまりにも繊細で敏感だから、目に、耳に入る情報、肌に触れるものすべてを、血肉に吸収せずにはいられない質だった。
だから、わたしのもとを去らなくてはいけなかった。
タバコ上司のもとにおいていてはいけない生徒ばかりだった。
わたしは手放したくない生徒を夢で追いかけてはそのたびに見失った。
絶望はなにも、今あるものだけとは限らない。
絶望は時に弁を破り、逆流をして、わたしたちに悪夢を見せることもあるの。