私から振ったんだから、特に未練はないはずだ。
ただ、私の好きなもの全部好きになってくれたから、好きなものを見るときは大抵その人のことを思い出す。
たとえば東京タワー。
私が『真夜中乙女戦争』っていう小説が大好きで、それを勧めたらわざわざその本を買って読んでくれた。
私が東京タワー登りたいって言ったら、一緒に登ってくれた。
東京タワーのエレベーターの中、その時私は幸せのありかを見つけた気がした。
しかし今、東京タワーと聞いて思い出せるのは彼と登って眺めた夜景ではなく、東京の紺色の中に孤立する赤の姿のみだ。
私は彼を好きではなかったのだった。
私の好きなものを、ただ単に好きだっただけで、好きのベクトルは彼に向いていなかった。
それは彼も同じだったのかもしれない。
思い出せるものは、必然的に決まっているのかもしれないが、夢に見ることができるものは、偶然性が高いのだ。
昨日はそんな夜だった。